07.05.02:49
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04.22.00:33
青い靴
ふと気がつくと、家の中に立っていた。家の中は暗く、だれもいないようだ。
「お母さん?」
母を呼んだけれど、返事はない。部屋を覗いてみようと思って歩こうとした時、足に違和感を感じた。足元を見ると、私はぼろぼろで、かなり汚れた青い靴を履いていた。
「? 私、こんな靴持ってたっけ?」
脱ごうかとも思ったけれど、足にぴったりとフィットしたその青い靴は履き心地がよく、そのまま履いていることにした。
廊下を歩く。一階には、だれもいない。私は、二階へ上がることにした。
妹の部屋から、明かりがもれているのが見えた。
「なんだ、いるなら返事してよね」
私は少しムッとして、妹の部屋へ入った。妹は顔を伏せて、ハンカチを顔に当てていたが、私が部屋に入るとはっとしたように顔を上げた。しかし、またすぐに顔を伏せてしまった。
「なによ、どうしたの?」
妹は、返事をしない。
「感じ悪いわよ、充子」
妹に手を伸ばそうとして、私ははっとした。
私の手が、透けていた。伸ばした手の甲の向こう側が、ぼんやりと見えたのだ。
「!?」
私は驚いて、手を引っ込めた。まじまじと掌を見るが、やはり向こう側が透けて見える。
「やだ、なにこれ」
私は妹に触ろうとしたが、予想通り、妹には触れなかった。確かに妹の肩に手を置いたと思ったのに、何の手ごたえもない。妹は私に気づく様子もなく、顔を伏せたままだ。漸く、私は彼女が泣いていたのだと知った。
「なんなのよこれ…」
私は家を飛び出した。
「お姉さん」
一体何が起きたのだろうと色々考えながら道を歩いていた私は、だれかに後ろから声をかけられた。振り向くと、見たことのない少年が立っていた。少年は列車の車掌が来ている服を着ていた。足には、私と同じ、ぼろぼろの青い靴を履いている。
「お姉さん、青い靴を履いてるね」
「え、ええ。それがどうかしたの?」
「はい、これ」
少年は私に何かを手渡した。この少年は私が見えるだけでなく、私に触れるらしい。
少年から手渡されたものを見ると、それは萎れてしまった植物だった。二十センチぐらいの長さで、すっかり元気をなくして、くたりと私の手から垂れている。
「切符だから、なくさないでね。出発時間になったら、お姉さんの前に列車が来るからちゃんとそれに乗ってね」
意味が分からず、私は少年に聞き返そうとしたが、少年はそれだけを言い終えるとふっと消えてしまった。私は仕方なく、萎れている植物を手に持ったまま歩き始めた。
どうしたことだろうか?妹は私がいることに気がつかない。あの少年は、私の前に来る列車に乗れと言った。つまり、列車が迎えに来るということだろう。
迎えに来る…。
なんとなく、不吉だ。ふと、『死』という言葉に思い当った。
「私…死んだの?」
それならば説明がつく。妹が私に気づかなかったわけも、私に来る迎えの意味も。私は死んで、幽霊になってしまったのだ。
「そんな…嫌…」
まだまだ死にたくなんかない。こんなに若くて、やりたいこともたくさんあるのに。それに、昨日まで私は元気だった。病気なんかもしてなかったし、事故に遭った覚えもない。…事故?なんだか、何かを思い出しそうな気がしたけれど、ひどく不安になったので、それ以上考えるのをやめた。
しばらく街を歩いたが、誰かが私に気づいた様子はない。友達ですら、私が歩いていても声もかけない。やはり、私が見えていないということなのだろう。気付くと、空はもう暗くなっている。しかし、何かがおかしい。暫く考えて、はっとした。ずっと、暗かったのだ。家から出た時も、少年に声をかけられた時も。ずっと、何時間も前のことなのに、思い返してみればずっと暗かった。家の中に立っていたのが真夜中だとしても、そろそろ夜が明けてもいい時間だ。
「どうして…?」
理由は、一つしか思い当たらない。私が死んだからだ。死んでしまったから、時間が夜のまま止まってしまったのだ。
と、その時、後ろから汽笛の音が聞こえた。振り向くと、玩具のそれのようにカラフルな列車が止まっていた。少年の言っていた『迎え』というやつだろう。
列車に乗ってしまったら。私はどこに行くのだろう?
列車から、少年が顔を出した。
「お姉さん、時間だよ。切符を出して」
私は切符だと言って手渡された萎れた植物を、出さなかった。少年はむっとした顔で、
「お姉さん、困るよ。時間ってものがあるんだから」
と言った。
「…なの…」
「え?」
「なんなの?これ。私、突然そんなこと言われてもわからない。何で誰にも私の姿が見えないの?何でずっと夜のままなの?何で私はこの列車に乗らなくちゃいけないの?」
私は、一気にまくし立てた。少年は一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに笑って、
「お姉さん、気づいてないの?」
と言った。
「お姉さん、死んだんだよ。学校からの帰り道に、ダンプカーに轢かれてね。死んでから七日は魂がまだこっちに残ってるから無理にあっちには連れてけなかったんだけど、今日で七日も終わり。あっちに行かなくちゃいけないんだよ。お姉さんだって、ずっと夜の世界は嫌でしょ?」
…私は、死んでいたんだ。どこかでこれは夢だと思いたがっていたのに、私は少年から、容赦なく『死』という事実を突き付けられてしまった。そして、少年の言葉で、家の中に立っている前の出来事を思い出した。
ダンプカーに、轢かれた。痛かった。苦しかった。けれどすぐにそれはなくなった。同時に、身体がひどく軽くなって、私はスーッと宙に浮いた。それから、私は街を歩きながら今までの人生を思い出していたんだ。走馬灯というものだろうか。それにしてはやけにゆっくりで、あまりに鮮明だ。そして、私は家に入った。そこで私は我に返ったのだ。
「私…死んだの…?」
「そうだよ。だから、あっちに行かなくちゃいけないんだったら。他の人も待ってるんだよ?」
列車を見ると、何人か人が乗っている。皆、暗く沈んだ顔をしている。足には私や少年と同じ青い靴があった。
「ほら、乗ってったら!」
少年に手をひっぱられ、私は列車に乗り込んでしまった。すぐにドアが閉まり、列車が動き始めた。町がどんどん遠ざかっていく。私はなすすべもなく、窓に手をついたまま、遠くなる街を見ていた。
もっと遊ぼうよ
もっと遊ぼうよ
朝の来ない夜に
END
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「お母さん?」
母を呼んだけれど、返事はない。部屋を覗いてみようと思って歩こうとした時、足に違和感を感じた。足元を見ると、私はぼろぼろで、かなり汚れた青い靴を履いていた。
「? 私、こんな靴持ってたっけ?」
脱ごうかとも思ったけれど、足にぴったりとフィットしたその青い靴は履き心地がよく、そのまま履いていることにした。
廊下を歩く。一階には、だれもいない。私は、二階へ上がることにした。
妹の部屋から、明かりがもれているのが見えた。
「なんだ、いるなら返事してよね」
私は少しムッとして、妹の部屋へ入った。妹は顔を伏せて、ハンカチを顔に当てていたが、私が部屋に入るとはっとしたように顔を上げた。しかし、またすぐに顔を伏せてしまった。
「なによ、どうしたの?」
妹は、返事をしない。
「感じ悪いわよ、充子」
妹に手を伸ばそうとして、私ははっとした。
私の手が、透けていた。伸ばした手の甲の向こう側が、ぼんやりと見えたのだ。
「!?」
私は驚いて、手を引っ込めた。まじまじと掌を見るが、やはり向こう側が透けて見える。
「やだ、なにこれ」
私は妹に触ろうとしたが、予想通り、妹には触れなかった。確かに妹の肩に手を置いたと思ったのに、何の手ごたえもない。妹は私に気づく様子もなく、顔を伏せたままだ。漸く、私は彼女が泣いていたのだと知った。
「なんなのよこれ…」
私は家を飛び出した。
「お姉さん」
一体何が起きたのだろうと色々考えながら道を歩いていた私は、だれかに後ろから声をかけられた。振り向くと、見たことのない少年が立っていた。少年は列車の車掌が来ている服を着ていた。足には、私と同じ、ぼろぼろの青い靴を履いている。
「お姉さん、青い靴を履いてるね」
「え、ええ。それがどうかしたの?」
「はい、これ」
少年は私に何かを手渡した。この少年は私が見えるだけでなく、私に触れるらしい。
少年から手渡されたものを見ると、それは萎れてしまった植物だった。二十センチぐらいの長さで、すっかり元気をなくして、くたりと私の手から垂れている。
「切符だから、なくさないでね。出発時間になったら、お姉さんの前に列車が来るからちゃんとそれに乗ってね」
意味が分からず、私は少年に聞き返そうとしたが、少年はそれだけを言い終えるとふっと消えてしまった。私は仕方なく、萎れている植物を手に持ったまま歩き始めた。
どうしたことだろうか?妹は私がいることに気がつかない。あの少年は、私の前に来る列車に乗れと言った。つまり、列車が迎えに来るということだろう。
迎えに来る…。
なんとなく、不吉だ。ふと、『死』という言葉に思い当った。
「私…死んだの?」
それならば説明がつく。妹が私に気づかなかったわけも、私に来る迎えの意味も。私は死んで、幽霊になってしまったのだ。
「そんな…嫌…」
まだまだ死にたくなんかない。こんなに若くて、やりたいこともたくさんあるのに。それに、昨日まで私は元気だった。病気なんかもしてなかったし、事故に遭った覚えもない。…事故?なんだか、何かを思い出しそうな気がしたけれど、ひどく不安になったので、それ以上考えるのをやめた。
しばらく街を歩いたが、誰かが私に気づいた様子はない。友達ですら、私が歩いていても声もかけない。やはり、私が見えていないということなのだろう。気付くと、空はもう暗くなっている。しかし、何かがおかしい。暫く考えて、はっとした。ずっと、暗かったのだ。家から出た時も、少年に声をかけられた時も。ずっと、何時間も前のことなのに、思い返してみればずっと暗かった。家の中に立っていたのが真夜中だとしても、そろそろ夜が明けてもいい時間だ。
「どうして…?」
理由は、一つしか思い当たらない。私が死んだからだ。死んでしまったから、時間が夜のまま止まってしまったのだ。
と、その時、後ろから汽笛の音が聞こえた。振り向くと、玩具のそれのようにカラフルな列車が止まっていた。少年の言っていた『迎え』というやつだろう。
列車に乗ってしまったら。私はどこに行くのだろう?
列車から、少年が顔を出した。
「お姉さん、時間だよ。切符を出して」
私は切符だと言って手渡された萎れた植物を、出さなかった。少年はむっとした顔で、
「お姉さん、困るよ。時間ってものがあるんだから」
と言った。
「…なの…」
「え?」
「なんなの?これ。私、突然そんなこと言われてもわからない。何で誰にも私の姿が見えないの?何でずっと夜のままなの?何で私はこの列車に乗らなくちゃいけないの?」
私は、一気にまくし立てた。少年は一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに笑って、
「お姉さん、気づいてないの?」
と言った。
「お姉さん、死んだんだよ。学校からの帰り道に、ダンプカーに轢かれてね。死んでから七日は魂がまだこっちに残ってるから無理にあっちには連れてけなかったんだけど、今日で七日も終わり。あっちに行かなくちゃいけないんだよ。お姉さんだって、ずっと夜の世界は嫌でしょ?」
…私は、死んでいたんだ。どこかでこれは夢だと思いたがっていたのに、私は少年から、容赦なく『死』という事実を突き付けられてしまった。そして、少年の言葉で、家の中に立っている前の出来事を思い出した。
ダンプカーに、轢かれた。痛かった。苦しかった。けれどすぐにそれはなくなった。同時に、身体がひどく軽くなって、私はスーッと宙に浮いた。それから、私は街を歩きながら今までの人生を思い出していたんだ。走馬灯というものだろうか。それにしてはやけにゆっくりで、あまりに鮮明だ。そして、私は家に入った。そこで私は我に返ったのだ。
「私…死んだの…?」
「そうだよ。だから、あっちに行かなくちゃいけないんだったら。他の人も待ってるんだよ?」
列車を見ると、何人か人が乗っている。皆、暗く沈んだ顔をしている。足には私や少年と同じ青い靴があった。
「ほら、乗ってったら!」
少年に手をひっぱられ、私は列車に乗り込んでしまった。すぐにドアが閉まり、列車が動き始めた。町がどんどん遠ざかっていく。私はなすすべもなく、窓に手をついたまま、遠くなる街を見ていた。
もっと遊ぼうよ
もっと遊ぼうよ
朝の来ない夜に
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